2015年11月23日月曜日

勉強会を通じて思ったこと

 
 今回の東京での勉強会では、相関詞と接頭・接尾辞を学んだ(叩き込んだ)。
これらの文法事項については、tioは「それ」、-ad-は「継続」、といった具合に、日本語と対応させることで一応理解した気になれる。

 しかしそれでは、tioとĝiの違いは説明できないだろうし、動作や行為を名詞化する際に-ad-をつけないなんてこともしかねない。だから、相関詞も接辞も、その文法的性質に焦点を当てて学ぶ必要がある。幸いなことに最新版のエス日辞典には、接頭・接頭尾辞がそれぞれどんな機能を持っているのか、詳しく丁寧な説明がある。これを利用しない手はない。今後の勉強会でも、なるべく一つ一つの接辞を拾っては、辞書を引く訓練をしていきたい。


 エスペラントは、一通り文法を学べば、ほとんどの人は辞書を片手に文章が読めるようになる。だから、ついつい細かな文法事項を後回しにしてしまう人が多いのではないか。もちろん言語は、人々による実際の使用の中で生きているから、多読や会話による感覚的な理解と習得も大切だと思う。しかし、細かくて厄介な文法事項に向き合い、それを理解しなければ、エスペラントの魅力も見えてこない。

 何より、文法に対する興味が自然とわいてくるような仕掛けを作る必要があると思う。

3 件のコメント:

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  2. 「多読や会話による感覚的な理解と習得」も、やはり、「細かくて厄介な文法事項に向き合い、それを理解しなければ、」と、身に沁みて感じています。文法は大事だと思います。

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  3. 動作や行為を名詞化する際に-adoをつけるのは、動作が継続的または連続的である場合だけではありませんか? vizito(単発的な訪問)に対するvizitado(連続的な訪問)などのようにです。むしろ、 -adoが必ず要るのは、物称名詞を行為名詞、動作名詞にする場合です。broso(ブラシ)に対するbrosado(ブラシ掛け)のようにです。

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